長崎に原爆が投下された日、先人たちの言葉が響き渡る【おじいちゃん】

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今日は少し真面目な記事を書きます

ボクの生まれは九州の長崎県の県庁所在地である

”長崎市”に生まれ育ちました

長崎は坂が多い町として有名で

ボクの実家も坂の上にあります

日本国内でも例に見ない美しい夜景と

異文化を取り入れた食べ物や観光地

長崎の街はボクにとって最大の宝物です

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1945年8月9日11時2分

ボクが通っていた小学校はごく普通で

当時は全校生徒300人くらいでした

全国にある小学校と違うところといえば

”11時2分を指して止まっている時計があるくらい”

長崎市内の小・中学校に通っている生徒は

毎年、8月9日11時2分になると同時に

黙祷をします

72年前に起きた原爆により亡くなった方を

追悼するためです。

僕の小学校では体育館に全校生徒を集めて

被爆者の方や被爆者2世の方のお話を

毎年1時間程度、お聞きする時間があります

原爆投下していた時の現況の生々しい話は

10数年経った今でも忘れていません

よく母親の実家に行くとおじいちゃんから

日本の戦争のことについて話を聞いてました

”ボクのおじいちゃんの両親”

ボクから見て”ひいおじいちゃん”、”ひいおばあちゃん”

”おじいちゃんの兄弟”

はみんな原爆で亡くなりました

爆心地から800m程しか離れてなかったため

家ごと吹き飛んだそうです

原爆が投下されていた時おじいちゃんは

福岡に戦争に行っていたそうで

終戦と同時に長崎の家に帰ってきました

帰ってきた場所にあるはずの家がない

待ってくれていた家族がいない

そんな話を泣きながら話してくれたおじいちゃん

おじいちゃんの気持ちは

ちゃらんぽらんな僕でさえ

痛いほどわかりました

長崎の人にとっては8月9日というのは

特別な日なんです

僕は現在、上京して毎日仕事をしてまいます

ただ8月9日になるとおじいちゃんの言葉や

体育館で話してくれた方の言葉を必ず思い出します

各諸国で戦争をしているところが

2017年現在でも続いています

平和な日本がこれからも続き

戦争している国に思いが届けばと思います

ご閲覧ありがとうございました

長崎をこよなく愛するボクより

亡くなった方のご冥福をお祈りいたします

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